Letter No.26 天使のバタ子さん

 

家を出て小児科に向かう道
この時はまだ予防接種の診断表を忘れていることに
気がついていない

ついにこの日がやってきてしまった

3度目の「よぼうせっしゅ」である


朝からすこぶる機嫌が悪いので

早朝4時半に起きて

音量マックスでギャン泣きする

母ちゃんごめんね(父ちゃんには謝らない)


前回から今日でちょうど1ヶ月

明後日30日からは母ちゃんの実家に帰るし

熱出ても困るから中1日を空ける必要があるということで

針の糸を通すように

今日28日の午後1時の枠に

父ちゃんが小児科の予約を入れた


天気は雲ひとつないピーカン晴れ

父ちゃんがベランダに干した不恰好な洗濯物群を

太陽が燦々と照りつけ

イカの天日干し状態になっている

30分で乾きそうだ


昼の12時20分

「とんでもない食べ物を作ってしまった、天才だ」

と独り言を言って、父ちゃんが自分で作った

キムチペペロンチーノ素麺を5分で平らげた

(これから外出して人前に出る前に食う食べ物ではない)


バタバタと病院への持ち物を拾い上げ

ベビーカーを左手に

僕を右腕によいしょと抱えて

部屋の外の階段をドシドシと降りていく

ベビーカーを雑に展開し

僕をポイっとその上に乗っけた


「あちゅいけど、頑張ろうねぶぶ」

そう言ってベビーカーを押し始める父ちゃん


このとき父ちゃんはまだ

ワクチン接種診断表と小児科内で着用必須とされているマスクを

持っていないことに気づいていない


小児科までは徒歩12、3分くらいだ

天気がすこぶる良いので

鼻歌混じりで足取り軽やかにベビーカーを押す父ちゃん

途中無駄にジグザグ走行を挟んでくる

額には汗が光っている

馬鹿だなぁ


小児科に到着した

入口のドアに「マスク着用の協力をお願いします」と書いてある

父ちゃんの視界に入ったはずなのだが

今のところ見て見ぬフリをしている


スリッパを履き替える玄関の脇に生きた亀とキリギリスが置いてある

父ちゃんは僕に見せるでもなく

いつも興味津々にそれら生き物を楽しそうに眺めるのだ

今回も生き物たちにやあやあなんて挨拶している


生き物コーナーの玄関の先にも中扉がある

そこにも大きな字で「必ずマスクの着用をお願いします」と書いてあった

もう無視できない父ちゃんは

苦々しい顔をしながら受付までトコトコと向かっていって


「すいません あのぅ マスクってあったりしないですよね」

と看護師さんに聞いている


そりゃあ病院だから多分あるとは思うが

恥ずかしいったらありゃしない

優しい看護師さんが、今回だけですよと言って父ちゃんにマスクを渡している

父ちゃんは嬉しそうにペコペコしている(看護師さんごめんなさい)


母子手帳、保険証、医療証を渡した

ついに看護師さんから「ワクチン接種診断表も必要です」を通告される

父ちゃんの身体を衝撃の雷が打ち抜いた

顔は曇り 口は半笑いで目も泳いでいる


カバンの中をガサゴソ必死で探すふりをするが

そこに無いことは父ちゃんもわかっている


「父ちゃんはおバカだよー」と僕に話しかけてくる

そうだよ、おバカだよ


あれほど昨晩母ちゃんに

ちゃんと準備しておいた方が良いよと言われていたのに


「こればかりはどうしようもありませんよねぇ」

看護師さんに再アタックしているが

看護師さんも「すみません」と困った顔を浮かべている


優しい看護師さんは

「予約は後ろで取り直せますから。大変申し訳ないですが診断書だけはどうしても必要なので追ってお持ちください、暑いのにすみませんね。」

と父ちゃんに最終宣告した


父ちゃんは大きなため息を吐いて

亀とキリギリスのいる玄関に向かっていった


こうして僕と父ちゃんは

今度は一切ジグザグ走行をすることなく

茹だるような暑さの中

家と小児科を2回往復することになったのだ


とここまで来て読者の皆様は

今回のタイトルがそろそろ気になっている頃であろう


そう 今回の「よぼうちゅうしゃ」の執行者は

最高級の腕を持った天使のようなおばちゃんだったのだ

すらっとして、物腰柔らかで人が良く

まさにアンパンマンでいうバタ子さんみたいな人だった


とにかく優しくて

最初に抱っこして遊んでくれるし

優しい笑顔で微笑みながらも

ごめんね 一瞬で終わらせるからね

と言って すごく申し訳なさそうな顔で一瞬で注射を打ってくれた


もちろん打たれた瞬間は痛かったが

どうしたことか、0.5秒で痛みを忘れ

僕はすぐにいつもの天使のような営業スマイルを

浮かべることができたのだ

ものすごい技術である きっと百戦錬磨なのであろう


終わった後も父ちゃんに丁寧にワクチンの副作用や

今後のスケジュールを説明している

後ろの人たちが待っていて忙しいだろうに

父ちゃんのくだらない質問にも本当に丁寧に答えてくれる


バタコさんに完全に心を溶かされた

大嫌いだった「よぼうちゅうしゃ」も

ここで打つなら我慢できそうだ


(ぶぶ注:ちなみに、予防接種の診断表は、ワクチンの種類ごとに1枚1枚違う用紙になっており、事前に記入すべき部分がたくさんある。あほ父ちゃんは小児科に到着してからバタバタと記入していたが、皆様は余裕を持って事前に家で記入しておくと手続きがスムーズなので気をつけてほしい。)



おしまい。



















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