Letter No.21 毛についての考察
最近のぶぶは
なんでもおててで
つかみたがる
妻が抱っこをすれば
髪の毛をつかみ
ミルクをあげれば
哺乳瓶や僕の指をつかむ
最近僕は
毎日夕方5時半頃に
ぶぶと一緒に湯船に浸かるのを
日課にしているのだが
先日湯船の中で
一生懸命ぶぶの頭を洗っていたら
急に自分の腕の付け根の
脇の辺りに痛みを感じた
痛てててて
と口にしながらぶぶの手を見ると
ぶぶが僕のわき毛を引っ張っていた
すごく楽しそうに遊んでいるので
仕方あるまい、これも父親の勤めよ
と我慢していたら
最近毎日のようにつかんで
遊ぶようになった
さて
今回の三重県の実家帰省中
中高の時の同窓会に参加した
午後3時からだったが
その日は妻がたまさか不在で
朝から夕方まで実家でワンオペ育児をして
午後4時に出先から帰ってきた自分の母親と
流れるようにバトンタッチし
車をビュンと飛ばして市内の会場に向かった
2次会の席で
元サッカー部だったあるイケメンの男子が
全身脱毛をしているという話で
盛り上がった
毎朝剃るのは面倒だし
ムダ毛があるとちょっと汚らしい感じがするし
そもそも毛なんてない方がいいだろう
みんな口々にそういった
面倒なのは自分もよくわかるし
自分も以前に弟から勧められて
レーザー脱毛サロンのホームページを
数回閲覧してしまったことがある
(その後僕のFacebookフィードはひたすら脱毛サロンの広告が続いた)
こうして
最初はふんふんと聞いていたのだが
酒が結構進んでいたこともあったのだろう
「汚らしい」とか
「毛はない方がいい」
と言った言葉に引っかかってしまい
「いや、少なくとも俺のわき毛は無駄ではない。」
と訳のわからないことを叫んで
皆さんの会話を遮り
ぶぶとの風呂での体験を説明しながら
毛の大切さを語ってしまった
10年ぶり以上の同級生
しかも当時もほとんど話したことの
なかったような女の子たちを前にして
力説する話では決してない
何人かは目を丸くし
何人かは「ははは」という
優しい作り笑いをくれたが
その場が少し変な感じになったことは
鈍感な僕でも感じ取れた
数日前に実家から東京の自宅に戻った
昨晩のお風呂タイムで
ぶぶはまた僕の毛で遊んでいた
目をキラキラ輝かせ
水をパシャパシャしながら
嬉しそうに引っ張って遊ぶのだ
ぶぶは
わき毛が「ムダ」だと呼ばれていることも
人によっては「汚ならしい」という印象を
持ち得ることも
もちろんわからない
ただ風呂に入るとそこにある
水に浮かぶシャラシャラした物体
に心動かされ
魅力を感じているのだ
芸術家岡本太郎は
苦悩のパリでの修行生活を終え
1940年に日本に帰国した後
上野の博物館で縄文土器を見て衝撃を受ける
そして赤子のような
原始的な視点で物事を見る
その視点を取り戻すことこそ
人間の芸術活動の本質であると気づく
私の好きな作家の高橋源一郎は
名文を書く上で大切なのは
「見る」ことであり
「見る」こととは
社会にかけさせられた
「サングラス」を外すことだという
そして
社会に触れる前のこどもには
生来その力が備わっており
おとなには見ることのできないものを
「見る」ことができるという
なるほど
4ヶ月半ぶぶと一緒に生きてきたが
世界がいつもよりキラキラ輝き
そして懐かしいセンチメンタルな
感じがするのは
ぶぶが僕のサングラスを
外してくれているからなのか
(参考 https://boobooletter.blogspot.com/2023/06/bubus-eyes.html)
毎回三重の実家に帰って
僕が使っていた子供部屋に
妻を連れて行くと
いつも
僕が10代の頃に収集した
不気味なものが部屋中に置いてあり
怖いという
ドアにはタイで買った猿の神様の面
棚の上にはインドのガネーシャのモチーフ
壁にはニュージーランドのマオリ族の民芸品や
カンボジアで買った踊り子の版画がかけてあり
それらがスターウォーズ・グッズたちの間で
不気味に浮かび上がっている
ぶぶを育てるということは
もう一度
曇ったサングラスを外して
こういったものの魅力を
見つめ直すことができる
そういうことなのかもしれない
(毛から飛躍しすぎてしまった)
![]() |
| ケニア出張中に空港で ついカメラに収めてしまった イカしたドラム |
さあぶぶよ
どれだけでも
つかみ、ひっぱり、楽しむが良い
例え父ちゃんが
全身脱毛したとしても
そこだけは残しておいて
あげるからね
今晩のお風呂タイムが
楽しみになってきた
おしまい。




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