Letter No.15 富士山通過
炊飯器に残っていた
ご飯粒を丸めたおにぎりを
ラップから外して
駅で買ったサラダと一緒に食べる
形は悪いがなかなかうまい
ぶぶの機嫌が悪いので
制限時間は5分間である
12時12分に発車した
博多行きのぞみ号が
ゆっくり音を立てて走り出す
自由席だが
始発の東京駅から乗ったおかげで
席は空いている
横3列席を占有できたので
ぶぶはベビーカーに載せたまま
席と席の間に突っ込んだ
ぶぶが陣取った部分を除く
残り30%くらいのスペースに
母ちゃんと肩をすぼませて
一緒に滑り込んだ
ぶぶは口からぶくぶく泡を出して遊んでいる
蟹のようだ
あっという間に品川
そして新横浜を越えた
バトンタッチして今は母ちゃんのランチタイムだ
駅で買ったパンをもそもそと食べている
新横浜を越えると一気に景色が変わる
真緑に染まった田んぼが
ヒュンヒュン目元をかすめていく
静岡県に入れば
茶畑が見えたりする
「夏もち〜かづくは〜ちじゅうはちや」
頭の中で小学生の時に習った歌が流れる
そういえば茶摘みの手遊びも習ったな
すごい簡単な手遊びなのに
僕は全然覚えられなくて
当時マドンナ的存在だった女の子に
「あんたあほとちゃうの」
と言われたのを思い出した
子供は残酷だ
目の前の人が何かできないとき
「あんたあほとちゃうの」ではなくて
ちゃんと手ほどきして教えてあげられる
ぶぶにはそんな優しい子に育ってほしい
もう少ししたら富士山が見えるだろう
そんな穏やかな気持ちでぶぶに目をやると
めちゃくちゃ不機嫌な顔をしている
真っ赤な顔で唇を噛み
目は僕を睨みつけている
鬼神のようである
携帯のベイビートラッカーを見ると
前のミルクから既に4時間が経過していた
ミルク作りには熱いお湯がいる
今朝
魔法瓶にお湯を入れようとする母ちゃんを
いさめながら僕は言った
新幹線というのは何でも置いてあるものだ
お湯なんて絶対にある
アイスクリーム買いにくるお姉さんにいえば
一発で持ってきてくれるに違いない
だからお湯は持っていかなくても全く問題ない
重い魔法瓶を持っていくのはやめたほうがいい
僕には自信があった
アイスクリーム姉さんがダメだったとしても
コーヒーを売りにくるおじさんなら絶対大丈夫だ
そもそもお湯なんで水を沸かせばいいんだから
コーヒーを作れる新幹線でお湯が作れないはずがない
まあ見てろと言わんばかりに
コーヒーおじさんに声をかける
あのーお湯、いただけたりしますか?
お湯は新幹線には積んでおりません
ああ、詰んだ(積んでないだけに)。
しかし、このおじさん
申し訳ございませんが、、、的な枕詞は全くなく
自信に満ちた目でストレートに言い放った
しかし
よく見ると台車に湯沸かしポットがあるではないか
あれはどう説明するというのか
少し腹が立ってきた
あんなに高らかに宣言しなくてもいいではないか
(母ちゃんの視線も痛いし)
すこしイラつきながら、湯沸かしポットについて尋ねようとした瞬間
ポコポコポコポコ
隣のお爺さんが注文した真っ黒なコーヒーが
そのポットから湯気を立てて出てきた
そうか
ポットにそのままコーヒーをいれてたのか
完敗だ
僕は諦めて母ちゃんに深々と頭を下げた
(*乳児の両親の皆様、新幹線にお湯はありません)
仕方ないので
持ってきた湯冷しのみで
なんとかミルクを作る
揺れるから最新の注意を払わなくてはならない
こうして出来上がったミルクをぶぶの口に突っ込む
ぬるくてまずい
そんな嫌そうな顔でミルクを飲み始めるぶぶ
ごめんなさい
もうとっくの昔に富士山は通過している
浜松駅が右から左に飛んで行った
乳児の親には富士山を見る余裕なんか
全くないのだという現実を突きつけられる
もう少ししたら愛知県に入る
まずそうな顔をしながらも
ぶぶはミルクを飲んでくれた(ちょっと残した)
ゲゲーっとゲップをするも
いつもの爽快感は全くなさそうだ
あれ、また父ちゃんを睨みつけている
身体もモゾモゾと動いている
次の仕事はオムツ変えのようだ
幸いベビーカーが展開されているので
母ちゃんがベビーカーの上で変えてくれる
父ちゃんの仕事は
ぶぶが見知らぬ人たちに
スッポンポンのお股を見られて恥ずかしくないよう
タオルをカーテンに見立てて両手で展開し
プライベートスペースを作ってあげることだ
揺れる車内の中
必死でカーテンを展開し続ける
その中でせっせとオムツを変える母ちゃん
夫婦による絶妙なコンビネーションプレーである
隣の通過していく人たちが
不思議そうな顔をしている
ちょっと中を覗こうとするおばさんがいたので
そっとカーテンを一段と高くして
なんとかブロックする
赤ちゃんを見たい見知らぬおばさんと
父ちゃんの攻防がしばらく続く
オムツが無事変わり
ようやくぶぶの機嫌が良くなる
ああ、岡崎も通過した
名古屋まであと9分のアナウンスが流れる
そうだった
母親にもう着くとラインしなければ
名古屋から実家までは母親が車で運転してくれることになっている
全く息つく暇もない(←実は母ちゃんがパンを食べてるとき5分くらい寝ていた)
外を見ると相変わらずキラキラとした水田と
一軒家の住宅がヒュンヒュン流れていく
日本の初夏の田園風景が好きだ
ぶぶはそれをじっと眺めている
初めて東京の外に出たぶぶ
実家の三重県でどんな冒険がぶぶを待っているのか
時間は13時40分
名古屋到着のアナウンスが流れる
ぶぶ いらっしゃい そして おかえりなさい
そう呟きながら
重く湿ったオムツと使用済みお尻拭きがたっぷり詰まった
ビニール袋の口をぎゅっと閉め
母ちゃんと一緒に席を立った
おしまい。



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